「辞めたい」と言われる前に。看護師の"心のサイン"を見逃さない、データの活用術

看護師の離職は、退職届が提出された瞬間に突然起こるものではありません。多くの場合、その前段階で勤務状況やコミュニケーション、体調面に小さな変化が現れています。しかし、日々の業務に追われる医療現場では、そうしたサインを個人の勘や経験だけで拾い上げることには限界があります。
本稿では、看護師の離職やメンタル不調を未然に防ぐために、人事データやサーベイをどのように活用し、看護部と人事が連携して早期対応につなげるべきかを解説します。
1. 退職届を受け取って初めて気づくリスク

「そんなに悩んでいたとは知らなかった」----。
スタッフから退職届を受け取って初めて、事の重大さに気づくケースは少なくありません。現場が忙しく、夜勤やシフト制で全員の顔を合わせる時間が限られる病院ほど、スタッフ一人ひとりの変化に目が届かなくなります。しかし、限界を迎える前に、データはすでにそのサインを示しています。
2. 数字が示す、医療現場のリアル

公益社団法人日本看護協会「2024年病院看護実態調査報告書」によると、2023年度の正規雇用看護職員の離職率は11.3%。新卒採用者に限っても年度内離職率は8.8%に上り、約11人に1人が年度内に現場を去っています。さらに深刻なのは、その離職の背景にある「心」の問題です。
52.5% 新卒離職の退職理由1位「精神的疾患」
80.7% 病気による長期休職者がいた病院のうちメンタル不調含む割合
29.8% 退職理由に「人間関係」を挙げた割合
※出典:公益社団法人日本看護協会「2024年病院看護実態調査報告書」(2025年3月) ※80.7%は「病気による1ヶ月以上の長期休職者がいた病院(70.0%)」のうちメンタルヘルス不調者が含まれる割合
3. なぜ、心のサインを見逃してしまうのか

上記のデータが示すとおり、退職の背景には精神的な不調や人間関係の悩みが深く関係しています。しかしこれらは、本人が自ら周囲に発信しにくい悩みでもあります。
命を預かる多忙な現場では、上司や先輩も自分の業務で手一杯になりがちです。「なんとなく元気がない」という微細な変化を拾い上げる余裕がなく、変化に気づいたときには、すでに本人の退職の意志が固まっている----という状況が後を絶ちません。
厚生労働省「令和6年版厚生労働白書」でも、「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」をテーマに掲げ、職場におけるメンタルヘルス対策の重要性を強調しています。医療現場も例外ではなく、個人の観察眼だけに頼らない、組織としての「早期把握の仕組み」の構築が急務となっています。
4. 「気づき」を仕組み化する:人事と看護部の連携

スタッフの「今の状態」を継続的に把握するために有効なのが、定期的な意識調査(パルスサーベイ)の導入です。
スマホやPCから毎月数問のシンプルな質問に答えてもらうだけで、スタッフのエンゲージメントや疲弊度を数値化できます。ここで重要なのは、人事担当者と看護部長の役割分担です。
▶ 人事の役割:サーベイのシステムを運用し、データの推移をモニタリングする。「急激にスコアが下がったスタッフ」や「アラートが出た病棟」を客観的にスクリーニングする。
▶ 看護部長(現場)の役割:人事からのアラートをもとに、該当スタッフへの1on1面談や、病棟師長へのヒアリングを優先的に実施する。
「対話のきっかけをデータが作る」という仕組みを整えることで、多忙な看護部長や師長の観察負担を大幅に減らしながら、手遅れを防ぐ構造的な対策が可能になります。
5. まとめ

離職を防ぐのは、現場の根性論や個人の努力ではなく、組織の仕組みです。データを「スタッフの小さなSOSを拾い上げるチャネル」として活用すること。それこそが、病院人事と看護部長が連携して取り組むべき、新しい時代の「スタッフケア」の形といえるでしょう。
【参考資料】
公益社団法人日本看護協会「2024年病院看護実態調査報告書」(2025年3月発表)
正規雇用看護職員離職率11.3%、新卒採用者年度内離職率8.8%、退職理由の内訳
https://www.nurse.or.jp/nursing/assets/101.pdf
厚生労働省「令和6年版厚生労働白書」(2024年)
テーマ「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」職場のメンタルヘルス対策の重要性
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/23/dl/zentai.pdf
厚生労働省「令和5年 雇用動向調査結果の概況」
医療・福祉分野の産業別離職率
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/24-2/dl/gaikyou.pdf
